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2011.09.21 お味くじ
先日友人と行った居酒屋さんのお箸に巻きついていた「お味くじ」
楽しい仕掛けで心踊る!

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嬉しいことに大吉でした!
やった~

【詳細】

願事:四季さく花のごとし 幸せ絶ゆることなし
賜物:風鈴を贈って  喜ばれるでしょう
金運:予想より  はるかに収穫ある
争事:必勝法は、呑む前に飲む。
待人:待たない。 むしろ先に来てる
恋愛:ラテンな下着で  待機してください

本当か?
とりあえず、信じてみるか(笑

ウフフ・・・
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2011.08.04 才子多病
サッカー元日本代表で
日本フットボールリーグ松本山雅FCに所属する松田直樹選手(34)が
8月4日午後1時6分、長野県松本市内の病院で死去した。

関係者によると
0時半ごろには脈拍が弱くなり
息を引きとる際には家族が看取ったという。

松田選手は2日午前9時半ごろ
松本市のグラウンドで練習中に倒れ
見学していた女性看護師が心臓マッサージを施したが
病院に搬送された時は既に心肺停止状態だった。
その後、微弱ながら心臓の鼓動が戻り
人工心肺装置で血流を維持したが意識は戻らなかった。

松田選手は群馬県出身。

1995年から昨季まで横浜Mでプレー。
日本代表として40試合に出場し
2002年ワールドカップ(W杯)日韓大会でも活躍した。
今季から松本山雅FCに移籍した。

■■■■スポニチアネックスより抜粋■■■■

意識戻らず…無念 松田直樹選手 家族に看取られ死去

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若くして亡くなるのは本人も家族も本当に無念。
同郷の人が亡くなるニュースは余計に心が痛みます。
AEDがあったら助かったのか・・・と思ってみたり。

生前の精勤に敬意を表して、合掌。


こんにちは!
毎日ウルトラ暑いですが、7月もどうぞ宜しくお願い致します!
くれぐれも体調を崩さぬよう水分補給をこまめに。

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さて。
以下はあるドクターのブログの一部引用です。

+++++++++++++++++++++++++++++++++++

人は独りでは生きてはいけない
一人での成功もない
一人での幸せもない

健康で
人生のパートナーがいて
仕事のパートナーがいて
助け、助けられ、他人の成功に喜び、
自分の成功を慎ましく喜びながらもそこで得た力をまた誰かのために使う
ともに笑い、ともに泣き、ともに喜び、ともに感じ
そういう仲間と呼べる人、
師と呼べる人が回りに存在することが幸せだと感じる

一番の問題は「そのパートナー選び」なのであろう

人は独りでは生きていけない
だからどうしても「他人」が必要になる
持ちつ持たれつ

利用は己の利のために人を使うこと
活用は流れに活力を与えるためにともに使い合うこと

「人を利用しようとする人」と「人を活用しようとする人」
この見分けがとても難しい

+++++++++++++++++++++++++++++++++++

このブログを読んでから、
自分自身でも少し整理しておこうと思い
メモとして以下を記載することにしました。

東北の震災をきっかけに
「人はいつどうなるか分からない!」と危機感が増したこともあり
そろそろ色々な方面で
恩返しを始めないと死ぬまでに間に合わない、と思うようになりました。

という訳で、少しずつ出来ることを微力ながらやりはじめています。
すると、不思議なことに物事には本当に上記のふたつがあるってことに気づきます。
これは非常に面白い!(ビジネスとは別の話)

それを「理解した上で楽しむ」
ということを気づかせてくれた上記のドクターに感謝しつつ、
家族や周りのみんなに活用してもらうるよう、日々努力あるのみ!
これからもどうぞ宜しくお願い致します。










じゃぁ、はっきり言わせてもらうけど。

「あんたまだまだだよっ!」

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な、ちびた殿。

昨日は夕飯を支度を始める前に夫がまさかの帰宅。
「ぢゃ、食べに行くか!」と相成って、近所のインドカレー屋さんへ。
あまりに美味しくて、つい食べ過ぎ飲みすぎ(言い訳)て本日絶不調。

こんな日は、大人しくWEB作業。
ためておいたコラムなどを読んでいます。

今日の感慨はコチラ。

村上春樹:カタルーニャ国際賞スピーチ原稿全文(上)
http://mainichi.jp/enta/art/news/20110611k0000m040017000c.html

村上春樹:カタルーニャ国際賞スピーチ原稿全文(下)
http://mainichi.jp/enta/art/news/20110611k0000m040019000c.html

20110612_2088351[1]
 
【一部抜粋】

広島にある原爆死没者慰霊碑にはこのような言葉が刻まれています。
「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」
素晴らしい言葉です。
我々は被害者であると同時に、加害者でもある。
そこにはそういう意味がこめられています。
核という圧倒的な力の前では、我々は誰しも被害者であり、
また加害者でもあるのです。
その力の脅威にさらされているという点においては、
我々はすべて被害者でありますし、
その力を引き出したという点においては、
またその力の行使を防げなかったという点においては、
我々はすべて加害者でもあります。

そして原爆投下から66年が経過した今、福島第一発電所は、
三カ月にわたって放射能をまき散らし、
周辺の土壌や海や空気を汚染し続けています。
それをいつどのようにして止められるのか、
まだ誰にもわかっていません。
これは我々日本人が歴史上体験する、二度目の大きな核の被害ですが、
今回は誰かに爆弾を落とされたわけではありません。
我々日本人自身がそのお膳立てをし、自らの手で過ちを犯し、
我々自身の国土を損ない、我々自身の生活を破壊しているのです。

何故そんなことになったのか?
戦後長いあいだ我々が抱き続けてきた核に対する拒否感は、
いったいどこに消えてしまったのでしょう?
我々が一貫して求めていた平和で豊かな社会は、
何によって損なわれ、歪められてしまったのでしょう?

理由は簡単です。「効率」です。

■■■■■■■■■■■■■■■■■■

この続きは後半に入っています。
ご興味のある方は是非ご一読あれ。

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東日本巨大地震から4日目。
被災地の皆様のご無事と一日も早い復興をお祈り申し上げるとともに
お亡くなりになられた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

色々と考える事が多い中、自分に言い聞かせるべく
ここに内田樹氏の「内田樹の研究室」からの引用を転載します。

http://blog.tatsuru.com/

「未曾有の災害のときに」

16年前の大震災を超える規模の国家的災厄となった。
これからどうするのか。
このような場合に「安全なところにいるもの」の
基本的なふるまいかたについて自戒をこめて確認しておきたい。

(1)寛容
茂木健一郎さんも今朝のツイッターで書いていたけれど、
こういう状況のときに「否定的なことば」を発することは抑制すべきだと思う。
いまはオールジャパンで被災者の救援と、
被災地の復興にあたるべきときであり、
他責的なことばづかいで行政や当局者の責任を問い詰めたり、
無能力をなじったりすることは控えるべきだ。
彼らは今もこれからもその公的立場上、
救援活動と復興活動の主体とならなければならない。
不眠不休の激務にあたっている人々は物心両面での支援を必要としている。
モラルサポートを惜しむべきときではない。
「安全なところにいる人間」と「現地で苦しんでいる人間」を差別化して、
「苦しんでいる人間」を代表するような言葉づかいで
「安全なところにいる人間」をなじる人間がいる。
そういうしかたで自分自身の個人的な不満や攻撃性をリリースすることは、
被災者の苦しみを自己利益のために利用していることに他ならない。
自制して欲しい。

(2)臨機応変
平時のルールと、非常時のルールは変わって当然である。
地震の直後から各地では個別的判断で、
さまざまな施設やサービスが被災者に無料で提供されたし、
いまも次々と申し出が続いている。
こういうときこそルールの「弾力的運用」ということに配慮したい。
16年前の震災のとき、
雑貨屋で私がガソリンストーブ用の燃料を買い求めてレジに立っていたとき、
「屋根が落ちて雨漏りがする」というのでブルーシートを買いに来た女性がいた。
店員は私の燃料代は定価で徴収したが、彼女には無料でブルーシートを手渡し
「困ったときはお互いさま」と言った。
彼のふるまいは「臨機応変」のすぐれた実例だろうと思う。

(3)専門家への委託
オールジャパンでの支援というのは、
ここに「政治イデオロギー」も「市場原理」も関与すべきではない、ということである。
国民国家という共同体が維持されるために必要な根源的な資源のことを
「社会的共通資本」と呼ぶということは、これまでもここで繰り返し書いてきた。
森林や湖沼や海洋や土質といった自然資源、
上下水道や通信や道路や鉄道といった社会的インフラ、
あるいは司法や医療や教育といった制度資本については、
管理運営を専門的知見に基づいて統御できる専門家に「委託」すべきであり、
これを政治的理念の実現や市場での取引の具に供してはならないという考え方のことである。
災害への対応は何よりも専門家に委託すべきことがらであり、
いかなる「政治的正しさ」とも取引上の利得ともかかわりを持つべきではない。
私たちは私たちが委託した専門家の指示に従って、整然とふるまうべきだろう。

以上三点、「寛容」、「臨機応変」、「専門家への委託」を、
被災の現場から遠く離れているものとして心がけたいと思っている。
これが、被災者に対して確実かつすみやかな支援が届くために
有用かつ必須のことと私は信じている。
かつて被災者であったときに私はそう感じた。
そのことをそのままに記すのである。

・・・Twitterより。・・・暖の取り方・・・

ヤシマ作戦遂行してるけど暖房消してて寒いと友達にメールしたら
こう言う風に暖を取れと返って来た。完璧すぎる……

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